大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)131号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

(一)(1) 当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明のタイヤ外皮における束状ビードワイヤは、各単位線がそれぞれ平行な対向二辺を持つ四辺形断面であり、互いに接触し、かつ、ビードの内側部分に位置する単位線はその放射方向及び軸方向の両方向で隣接する単位線に接触していることを特徴とするものであるが、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、本願発明のタイヤ外皮においてビードワイヤを右のような構成のものとした目的は、従来の束状ビードワイヤは、円形断面の連続線から作られ、その製作が簡単で経済的であるが、ビードワイヤを構成する単位線がビードワイヤ断面の中で相互に移動し、その結果張力の偏差が生じ、使用される材料の断面に比して破断抵抗が比較的小さくなる欠点を有していた点(本願発明の特許公報第二欄第三二行ないし第三欄第二行)を改善するためであり、本願発明は前記の構成を採用した結果、従来の束状ビードワイヤでは、円形断面の単位線がほとんど表面積ゼロの線に沿つて相互に接触しているのに対し、本願発明の束状ビードワイヤでは、単位線の断面が平行な対向二辺を持つ四辺形であるため、隣接単位線間の接触と応力伝達を最も良くし、また、規則的にすることができ(同第四欄第二五行ないし第三一行)、かつ、隙間がないのでかさ張らないだけでなく、安定した断面を有するビードワイヤを得ることができ、このような断面の安定性は、走行耐久性の向上をもたらし、同一有効断面積の通常の束状ビードワイヤより高い破断抵抗を示す(同欄第三二行ないし第四二行)という効果を奏する旨の記載があることが認められる。

(2) 一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例は、名称を「空気タイヤを組立てる方法並びに空気タイヤ」とする発明に関する公開特許公報であるが、第一引用例記載のタイヤ外皮は、ビードワイヤ(ビード・コイル)の各単位線がそれぞれ平行な対向二辺を持つ四辺形断面であり、放射方向に多数重なり軸方向には二列に並び、かつ、放射方向及び軸方向において隙間がないように互に接触していること(別紙図面(二)参照)を特徴とするものであることが認められ、右の構成を本願発明のタイヤ外皮におけるビードワイヤの前記構成と対比すると、本願発明においては、ビードの内側部分に位置する単位線がその放射方向及び軸方向で隣接単位線に接触しているのに対し、第一引用例記載のタイヤ外皮におけるビードワイヤにはビードの内側部分に位置する単位線に相当するものが存しない点においてのみ両発明は相違し、右相違点に関する審決の判断の適否が本訴の争点をなすものである(なお、束状ビードワイヤの被覆の材料として、本願発明がゴムを用いたのに対し、第一引用例記載の発明が織布を用いた点については、束状ビードワイヤの被覆を織布に換えてゴムにすることは、慣用技術であり、単なる材料の変換にすぎないとした審決の判断は、原告が認めて争わないところである。)。

(3) 審決は、前記相違点について判断するに当たり、第二引用例にはビードワイヤの単位線が放射方向及び軸方向で隣接するビードワイヤの単位線に接触している技術内容が記載されているとし、原告は、審決の右認定、判断を争うので、第二引用例記載の発明の技術内容について検討すると、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例には、ガラス繊維―合成樹脂からなる硬化された成形体によつて構成されたビードリングの断面図としてFig8(別紙図面(三))に、単位線がそれぞれ六角形断面であり、互に接触し、かつ、ビード内側部分に位置する単位線がその放射方向で隣接単位線と接触し、軸方向でも隣接単位線とほぼ三〇度の角度で接触しているビードワイヤが示されていることが認められる。

ところで、原告は、本願発明の特許請求の範囲に、ビード内側部分に位置する単位線が軸方向で隣接すると記載されている趣旨は、明細書の発明の詳細な説明の記載と照らし合わせると、単位線が軸方向と全く平行な方向のみではなく、ビード座のなす面とほぼ平行な方向である軸方向と最大限一五度の角度をなす方向で接触することをも意味する旨主張する。

そして、前掲甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載されたFig1ないしFig6(別紙図面(一))のビードワイヤは、長方形断面の単位線8からなり、これらの単位線8は互に接合して全体として平行四辺形断面(Fig6のものは、側面が円く突出したほぼ平行四辺形の断面)をなし、そのうちFig1に示す実施例においては、ビードワイヤ全体の底面がタイヤの軸線に対して一五度の角度で傾斜しているリムのビード座3に対しほぼ平行となるように巻きつけてあることが認められる(近年チユーブレスタイヤにおいて、ビード座を軸方向に対して五~一五度傾ける方法が行われ、このような場合には、ビードワイヤの底面もビード座にほぼ平行になるように傾けることが望ましいことは、当事者間に争いがないから、前記Fig1に示す実施例におけるビードワイヤ全体の底面の位置決めは、当該技術手段に従つてなされたものであると認められる。)。

しかしながら、各単位線が放射方向又は軸方向と何度の角度をなす方向で隣接する場合に、各単位線が放射方向又は軸方向で隣接するというのかについては、本願発明の明細書の特許請求の範囲には何らの限定もなく、また、発明の詳細な説明にも記載がないから、一実施例及びチユーブレスタイヤにおけるビード座の傾斜について近年行われている方法から直ちに、原告主張のように、ビード座のなす面とほぼ平行な方向である軸方向と最大限一五度の角度をなす方法で接触することを意味するということはできない。かえつて、前掲甲第二号証によれば、本願発明が、Fig3、Fig4に示されるように、梯形断面の単位線で作られた長方形ビードワイヤ又は梯形断面の単位線と二等辺梯形(台形)断面の単位線とで作られた長方形ビードワイヤを有するものを実施例として包含し、右実施例においては、力を伝達する隣接単位線との接触面は放射方向、軸方向に直角な面に平行ではない面を含むので、本願発明において「放射方向で接触する」とか「軸方向で接触する」とかいう構成が力を伝達する接触面の方向を指すものでないことは明らかであり、また、前掲甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、単位線の断面形状について、「平行な対向二辺を有する四辺形の種類は、長方形、正方形、菱形、平行四辺形、梯形および二等辺梯形がある。」(前記特許公報第三欄第三七行ないし第三九行)と記載されていることが認められることからみても、選択される平行な対向二辺を有する四辺形の種類如何によつては、ビード座の傾きとは関係なく、各単位線の接触面の方向が放射方向又は軸方向とある程度の角度をもつと認められ、これらの事実に前記(1)で述べた本願発明の目的・効果を総合勘案すれば、本願発明において、各単位線が放射方向及び軸方向の両方向で隣接単位線と接触しているという場合における「放射方向」、「軸方向」には、厳格な技術的意味はなく、それらは、各単位線が相互に隙間なく隣接している構成、すなわち、前記(1)において述べた従来の束状ビードワイヤのようにビードワイヤ全体の中で個々の単位線が移動することなく、ビードワイヤ全体が一体的な固定関係にある構成を表現するものと解するのが相当である。

この点につき、原告は、本願発明において、「放射方向で接触する」、「軸方向で接触する」とは、各単位線の断面の中心を結ぶ方向が放射方向又は軸方向に配列するという意味である旨主張するが、本願発明の前記実施例を示すFig6(別紙図面(一))のビードワイヤを原告主張のような意味に解すると、ビードワイヤの断面の中心を結ぶ線はジグザグしたものとなり、このビードワイヤは放射方向及び軸方向に配列したものということができないことになるから、原告の右主張は採用することができない。

そうであれば、第二引用例記載のビードワイヤも、ビードの内側部分に位置するビードワイヤの単位線が隣接単位線と相互に隙間なく隣接している構成のものである点において本願発明の構成と同一であり、ビードワイヤの単位線の断面の中心を結ぶ線が軸方向と約三〇度の角度をもつて傾斜していることを理由に、本願発明における放射方向及び軸方向で隣接単位線に接触しているものとは構成を異にするということはできない。

原告は、第二引用例のFig8記載のビードワイヤにおいては、ビードワイヤ全体の底面は平面をなさず、凸凹しているので、ビードワイヤの耐久性や破断抵抗は本願発明のように各単位線に均一に力が加わる場合に比べ劣るから、本願発明と同一の効果を奏することはできない旨主張する。

しかしながら、審決は、本願発明と第一引用例記載の発明との前記相違点について判断するに当たり、第二引用例をビードの内側部分に位置する単位線が放射方向及び軸方向で隣接単位線と接触しているビードワイヤが開示されているものとして引用しているにすぎず、もともと第一引用例記載のタイヤ外皮は、前記(2)において述べたとおりの構成のものであるから、当然にビードワイヤの各単位線を隣接単位線と放射方向及び軸方向で接触させ、応力の分布を均一にし、もつてビードワイヤの耐久性や破断抵抗を増強するという本願発明と同一の効果を奏するものであると認められるから、第二引用例Fig8記載のビードワイヤ自体の形状等に基づきその奏する効果が本願発明と異なることを理由に、審決が第二引用例記載の発明の技術内容についての判断を誤つたとする原告の主張は当たらない。

以上によれば、第二引用例にはビードワイヤの単位線が放射方向及び軸方向で隣接するビードワイヤの単位線に接触しているものの技術内容が記載されているとした審決の認定、判断は、措辞妥当とはいえないが、第二引用例には、ビードの内側部分に位置するビードワイヤの単位線について本願発明と同じ構成が示されていることを明らかにしている点において、誤りはないというべきである。

(二) 原告は、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明とを組み合わせて本願発明に想到することは、当業者が容易になしうることではない旨主張するので、第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明を適用して本願発明を得ることが当業者にとつて容易であるか否かについて検討する。

(1) 原告は、本願発明においては、<1> ビードワイヤ全体の密着性を得るような構成を採り、走行中、単位線相互間の応力伝達が完全であり、<2> ビードワイヤ全体の底面をリムのビード座に対して平行に設定してあるので、リムから受ける力が各単位線に均一にかかるようにすることができ、結局、ビードワイヤ全体の破断抵抗及び耐久性が向上する旨主張する(事実摘示第二4(二)(1)参照)。

しかしながら、<1>については、本願発明の要旨によれば、本願発明のタイヤ外皮における束状ビードワイヤは各単位線がそれぞれ平行な対向二辺を持つ四辺形断面であり、互に接触し、かつ、ビードの内側部分に位置する単位線は放射方向及び軸方向で隣接単位線と接触しているものであるが、原告主張のような従来の束状(リボン)型の単位線よりずつと細い単位線を用いることは本願発明の要旨とする構成ではないのみならず、前掲甲第二号証によれば、本願発明の明細書には、本願発明において用いる単位線の太さに関して、発明の詳細な説明に、「一例として、ビードワイヤは9×9=81本の長方形断面を有する鋼線8から成り、その長方形断面の底辺は二mm、高さは一・三mmである。このビードワイヤの破断抵抗は、同一の断面積を有し円形断面の単位線を同じく円形断面を成すように巻きつけて成る通常の束状ビードワイヤの破断抵抗を二二%超過している。」(前記特許公報第五欄第二九行ないし第三五行)との記載があるのみで、従来の束状(リボン)型ビードワイヤの単位線と太細を具体的に比較し、かつ、従来型のものの単位線のもたらす効果を述べ、それとの対比において本願発明の<1>の構成及び効果を説明する記載は存しない。

また、<2>については、本願発明の要旨によれば、ビードの内側部分に位置する単位線の接触方向に限定があつても、ビードワイヤ全体の形状については何らの限定もなく、ビードワイヤ全体の底辺がリムのビード座に対して平行になるように巻き付けた構成は、本願発明の要旨とする構成ではない。<2>のような構成は、前記(一)(3)において述べたように本願発明の実施例として記載されているところであるが、一実施例として記載されている構成をもつて、本願発明がこのような構成のものに限定されるものと解することはできない(しかも、前掲甲第四号証によれば、第一引用例記載のビードワイヤ全体は長方形をなし、その底辺はビード座に対して平行で、かつ、平らであることが認められるから、<2>のような構成は第一引用例記載のビードワイヤと同一であつて、本願発明における各単位線に均一にかかる応力分布等の効果も第一引用例記載の発明が奏することのできる効果の範囲を出るものではない。)。

したがつて、本願発明が前記<1>及び<2>の構成を有することにより原告主張の効果を奏することを前提として、本願発明と第一引用例及び第二引用例記載の発明とを対比し、第一引用例及び第二引用例には、本願発明の目的、構成、効果を明示又は示唆するような記載は存せず、あるいは、第二引用例記載のものは、本願発明と技術的思想を異にするとする原告の主張は、すべて、その前提において誤りがあり、採用することができない。

(2) そして、前記(一)(2)において述べたとおり、ビードワイヤの各単位線が本願発明と同じくそれぞれ平行な対向二辺を持つ四辺形断面であり、放射方向及び軸方向において隙間がないように互に接触していることを特徴とする第一引用例記載のタイヤ外皮に、前記(一)(3)において述べたとおり、同じタイヤ外皮のビードワイヤに関し、ビード内側部分に位置する単位線が隣接単位線と相互に隙間がないように接触している第二引用例記載のビードワイヤの技術を適用して、第一引用例記載のビードワイヤ中にビードの内側部分に位置する四辺形断面の単位線を設け、本願発明のように構成することは、当業者であれば容易に想到することができるものというべきであり、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明とを組み合わせることに格別の困難があるとする理由は見出せない。

また、本願発明がその構成により奏する前記(一)(1)において述べた効果は、前記(一)(3)において述べたとおり、もともと第一引用例記載の発明も奏することのできる効果であり、仮に、その効果は、ビードの内側部分に位置するビードワイヤの単位線を設け、これを隣接単位線と隙間がないように接触させることに基づき、より強まるとしても、第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明を適用することにより通常予測しうる範囲を出るものではない。

(三) 以上のとおりであるから、本願発明は、第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断は正当であつて、審決には原告の主張する違法はない。

3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却する。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

束状ビードワイヤを備えたビードを有し、各ビードワイヤは平行な対向二辺を持つ四辺形断面であり、それらビードワイヤは互いに接触し、上記ビードワイヤの周囲に一枚または数枚のカーカス層を巻付け、前記ビードワイヤはゴムのパツキンを含み、また前記ビードワイヤはゴムの被覆を有するようにしたタイヤ外皮において、前記ビードの内側部分に位置するビードワイヤはその放射方向および軸方向の両方向で隣接するビードワイヤに接触していることを特徴とするタイヤ外皮。

(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!